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2005/05/20

杉原泰雄著『憲法読本 第3版』(岩波ジュニア新書)

 毎年5月には憲法に関する本を一冊読むように心がけています。今年選んだ本は、SDTMさんのお勧めにより『憲法読本 第3版』(岩波ジュニア新書)です。

新時代の日本へ向けて、今ある憲法を知るためにお勧めの一冊

 本書は、1981年9月に初版が出されて以来、憲法の入門書として、中高生や多くの大人の間で読み継がれて来た『憲法読本』の第三版です。

 本書では、世界史における立憲政治の歩みに始まり、日本における立憲政治の始まり明治憲法のしくみや運用日本国憲法の制定、しくみや運用が筋道を立てて、分かりやすく語られています。
 本書の特徴として、単なる憲法のしくみや運用の説明にとどまらず、国民生活における意義が随所に語られていますので、身近な視点から憲法を感じることができます。

憲法読本
憲法読本
posted with 簡単リンクくん at 2007. 5. 4
杉原 泰雄著
岩波書店 (2004.5)
通常24時間以内に発送します。

 「国民が平和主義、基本的人権の尊重、国民主権の憲法の歴史的意味を理解したうえで身につけること、それこそが日本の市民革命です。そして、国民が憲法の完全実施を求めるとき、はじめて、日本の新時代が始まることになるはずです。」と本書末尾の著者の提言を真摯に受け止めました。

 平和主義、基本的人権の尊重、国民主権は、人間の歴史の中で、多くの血が流されて勝ち得たものですが、わが国では、戦後の短い期間、外圧的な力によって半ば強制的に与えられました。自ら勝ち得たものではないだけに、その恩恵にあずかりながらも、その有り難さを十分に感じているとは思えません。
 解釈憲法の政治のなすがままに、平和主義が形骸化し、不況による財政破綻で「人間らしい生活の保障」が危うくなっている現実があります。また、改憲が声高に叫ばれる今、国の最高法規である憲法が激動の時期を迎えています。

 国の政治の直接の責任者である政治家や公務員だけでなく、主権者である私たち国民の一人一人が憲法の原理や原則、そして、その意義を理解すべき時が差し迫っているのではないでしょうか。今ある憲法を正しく知るためにお勧めの一冊です。

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追記

新憲法と太田道灌の故事

 5月に入ってから少しずつ『憲法読本第三版』(杉原泰雄著・岩波ジュニア新書)を読んでいます。改憲が論議されている昨今、憲法を熟知しないまま日々暮らしている自分を顧みながら、読んでいますが、その中に、新憲法が「山吹憲法」と呼ばれていたくだりがあります。


 「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ悲しき」
                          兼明親王

 新しい憲法には天皇について規定が設けられているけれども天皇に政治的実質的権力を認めている規定は一つもなく、太田道灌の山吹の故事にならって、「実の一つだに無きぞ悲しき」と嘆いています。

 当時の人々がいかに天皇制を守るために必死であったか、そして、当時の人々の生活には今以上に詩歌が身近なものとして存在していたのではないかということを感じました。

 本来の歌の意味は、「実の」は「蓑」とかけられています。

 江戸城を築いた太田道灌が武蔵野の狩りでにわか雨にあい、雨具を所望した貧しい民家の娘にこの花の一枝をさし出されました。娘は、上記の兼明親王の歌を含ませて蓑一つだに無きぞ悲しきと丁重に道灌の申し出を断ったという故事です。

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コメント

SDTMさん、コメントありがとうございました。私も同じ岩波ジュニア新書を持っていまして、以前から愛読しています。反骨精神を持った詩人達のメッセージを真摯に受け止めながらも、その次の一歩を踏み出せないでいます。

 次の世代を担う若い人たちに読んで欲しい詩ですね。
 金子光晴さんは、じっくり読んでみたい方です。

投稿 まざあぐうす | 2005/05/24 08:11

☆ 【修正】です。

  金子晴彦→金子光晴

  です。

投稿 SDTM | 2005/05/24 04:15

★ まざあぐうす様、トラックバックを有難う御座いました。
  憲法読本と、「山吹」に連なるイメージは、日本人という
  本質を覗わせているのかな、、と最近思っています。

  山猫編集長の影響もあって、岩波ジュニア文庫の【茨木のり子】【吉野 弘】【川崎 洋】と現在70を超えた今は無き両親と同世代の詩人たちの『詩』に寄せる戦前から戦後の意識を見るにつけ、痛い思いをしてもすぐ様『新しい風潮』へ馴染んでしまう【日本人】を感じます。第2次世界大戦による大きな自意識改革のターニングポイントであったのに、自省もせず外圧によっての政治?経済の改革を進めて来ただけの様に思えます。

 【茨木のり子】のエッセイに【金子晴彦】著書に『日本人の悲劇』という本のことがあり、そこで『如何に日本人のなんともいえぬ島国根性が延々と継続し、長いものに巻かれろ、という精神土壌が平安時代よりづっと継続している』という記述があるということが書かれていました。詩人達は、こう社会を見つめて、『詩』によって社会批判をもして来ているのですが、なかなか凡人には読み取れませんね。色々とこの辺の詩集を多読濫読しているうちに感じました。

 しかしながら、だからどうするのか、、という点においてはなかなか生産的な発言を得ることは無いのが、今のうちの感想です。

 ちょっと脱線しましたが、SDTMの現状報告まで。。

投稿 SDTM | 2005/05/23 14:14

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