(中脇初枝)『あかい花』(青山出版)
初潮を巡る8つの短編集。
・少しおませな親友アヤと自分を隔てるものは月経があるかないかだと思っていた「あたし」。「あたし」は月経の血をおなかをこわしたときの便のようだったと感じた。
・人生で思い通りにならないものが「名前」と「月経」だという美枝。思い通りにならない月経を歯を食いしばって耐えながら、いつか妊娠して、流れ出そうとした経血に、不意打ちを食らわしてやろうと思っている。
・両親への初めての秘密が「初潮」である「あたし」。「あたし」は、もっとなんか、(月経より)かっこいいこと隠せたらいいと思っている。
・母親がきらいな綾乃。綾乃は、母親をきらうということはただただ自分を消耗させる行為だと分かっていながら、月経が来るたびに母親の言動が甦る。
・アレのとき、自分がすごく女だと感じる「あたし」。
・ゴミに埋もれて暮らしながら、月経がきちんと訪れる「あたし」。
・月経そのものに自慰に通じるところがあると感じる「わたし」。「わたし」は、体の奥からとろりと流れ出す感じが、月経の血が流れ出す感じによく似ていると思う。
・7歳の時に初潮が訪れ、祖母から月経は女の体に何度も咲く花だと教えられた「わたし」。祖母は、大人になって、実がなるようにこどもを生むと言ったが、40歳になった「わたし」は、まだこどもを生んでいない。
初潮を「初花」と言う祖母がいて、また、「ハツヨゴレ」と言うおばがいる。それぞれ初潮を迎える年齢も、初潮を受け止める周囲の状況も全く異なる8つの物語であるが、いずれも初潮によって自分の体と心に兆す異和感を巧みに描き出している。
7歳の頃から通産5年間も血を流し続けているのだと自分を述懐する言葉が重く響く、また、「ずうっとさ、一日中ずうっと、何日も、ずうっと体から血が流れるのってすっごい不思議じゃない?」という当たり前の疑問にはっとさせられた。
最後の短編「あかい花」の「血の花(月経)は目くらましにすぎなくて、その体にはもっとすごいことが起きてる。本人にもきづかないなにかが生まれてる。そしてずっとかくれてる。」という言葉がじわっと心に沁みる。自分自身を顧みて、初潮を迎えて、失ったものと得たもの、全てに自分の意識が及ばなかったことを感じている。
初潮を迎えたから女になるのではない。初潮を迎えて、月経とともに訪れる体や心の異和感とのせめぎあいの中で女という性を確立せざるを得ないのだ。「男には、わからない」のかもしれない。
初潮というテーマに真っ向から挑んだ力作として評価したい。
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