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2007/06/29

(ジャン・モラ/作、横川晶子/訳)『ジャック・デロシュの日記 -隠されたホロコースト』(岩崎書店)

ホロコーストを若い世代に伝える秀逸の新作物語  衝撃の問題提起

 第二次世界大戦から半世紀以上が過ぎ、ホロコーストや原爆という歴史上類を見ない惨事を生き抜いた人々が高齢になり、この世を去ってゆく。人間の歴史の暗部であり、恥部でもあるホロコーストを後の世代にどのように伝えていったらいいのか。

 ホロコーストに関する名著としては、フランクル博士の『夜と霧』(みすず書房)があり、児童書においては(ハンス・ペーター・リヒター著)『あのころはフリードリヒがいた』(岩波書店)、YA向け作品では(アンネ・フランク著)『アンネの日記』(文藝春秋)(ヘルガ・シュナイダー著)『黙って行かせて』(新潮社)があり、ホロコーストをめぐる底知れぬ恐ろしさが語られているが、人生の危機に瀕した時に読むと不思議と心が救われる。新作を期待していた矢先、海外で14もの文学賞を受賞した『ジャック・デロシュの日記 ―隠されたホロコースト』に出会った。

 物語は、「今日、また食べ物を吐いた。でもこれが最後だ。」という主人公エマの言葉に始まり、同じ言葉で終わる。主人公であるエマ・ラシュナルは、17歳。祖母マムーシュカのことが大好きで、心から尊敬していたが、祖母の死後、祖母の部屋で古い日記を見つけたことで、祖父母にまつわる恐ろしい事実を知り、摂食障害が日ごとに悪化していくことに・・・。

 その古い日記は、ポーランドのゾビブルという収容所でユダヤ人の「処理」にかかわっていた青年ジャック・デロシュの日記。読む権利などないと思いつつ、どうしようもなく惹きつけられて開いてしまった日記には、ナチの武装SS、ヒトラー、ユダヤ人の隔離、排除、強制退去、絶滅収容所、鉄条網、監視塔、ガス室、エヴァ・ヒルシュバウムとその息子シモン・・・。
 嘔吐と過食を繰り返し、身も心もぼろぼろになりながら、エマはジャック・デロシュの日記を読み続けた。まるで、日記の中の出来事が、自分の人生の一部となってしまったかのように、エマの人生の記憶と重なってゆく。

 13歳という思春期の入り口でダイエットを思い立ったエマが、自分の無と向き合い、無を消化するために、ますます食べることへの嫌悪感を抱き、食べないということを通して、自分を隔離することを覚えていく。食べないことは、自分にとってのゲットーなのだ。

 日記を繰り返し読むうちに、偶然、表紙を補強している厚紙をはがして見た写真にエヴァ・ヒルシュバウムの名が記されていた。そして、裏表紙をはがして見たジャック・デロシュの写真にエマは正気を失う。生死をさまよった末に、エマが「今日、また食べ物を吐いた。でもこれが最後だ。」と言う。そのエマが最後に選択した行動とは・・・。

 摂食障害とホロコーストの歴史と、何の関わりがあるのかと問われれば、単純な答えは出ないであろうが、その一つは、人間という存在の虚無、もしくは、ブラックホールではないだろうか。
 ホロコーストの歴史と祖父母の関わりを知った主人公エマが摂食障害を悪化させてゆく過程は、人間の歴史の暗部と自らの暗部を知る過程と重なる。エマの摂食障害によるおぞましい心身の衰弱を目の当たりにして、読者はひるむであろうが、ホロコーストとは、それ程の過程を経なければ知り得ないのかもしれない。

 エマの選択をどのように受けとめるのか。それは、作者から読者への問題提起ではないだろうか。衝撃的な問いを突き付けられ、読者は自ずとホロコーストについて考え続けることを余儀なくされる。 ホロコーストを若い世代に伝える秀逸の新作物語として、高学年以上の子どもたち、そして、大人の読者にお勧めしたい。

以上、「ほのぼの文庫」管理人の<まざあぐうす>が、bk1に投稿して掲載された書評です。

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コメント

>通りすがり様

 コメントをいただき、ありがとうございます。私も幼い子供には推奨できない内容の本だと思います。敢えて、高学年以上としてお勧めしました。抽象的思考ができる段階からの読書に向く本ではないかと思います。
 主人公エマの摂食障害や心理的な症状を読者としてどのように受け止めるのか?それがこの作者の問題提起のひとつではないかと思います。ホロコーストを現在的視点から問うという観点から、私は、読者の一人として、支持したいと思いました。
 異なるご意見を伺い、書評文に一文追加しました。
 貴重なご意見として受け止めさせていただきます。

投稿 まざあぐうす | 2007/07/03 14:37

こんにちわ。通りすがりなんですが・・・
私はこの本は絶対に子供に推奨できません。
愛すべき祖父を確かに罪は罪だけれど、一方的に少女特有の潔癖さで病的に責め立ててさも自分が被害者的に悲壮感にあふれて書き立てていて、ぞっとしました。
摂食障害も万引きも自分が良心とうまくいかないのも、自分の理想像が痩せている自分であることも、全部他人のせいにするのはほんとどうかと思いました。

投稿 通りすがり | 2007/07/01 01:24

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