どうにもならない悲しみに出会ったあなたに深い慰めを与えてくれる希少な絵本
『悲しい本』(あかね書房)は、こちら・bk1へ。(以下、「ほのぼの文庫」管理人の<まざあぐうす>が、bk1に投稿して掲載された書評です。)
中年の男の滑稽な笑顔から始まる『悲しい本』。谷川俊太郎さんの翻訳だと知って手に取った。どうにもならない悲しみに出会った時、笑うしかないことを知ったのは人生の半ばを過ぎた頃だった。男の笑いに吸い込まれるように絵本を開くと、そこには、息子を失った父親の悲しみが綴られている。どうにもならない深い悲しみだろう。私が、まだ経験したことがない悲しみだ。
「どこもかしこも悲しい。からだじゅうが、悲しい」という男。
男の悲しむ顔が大きく描かれている。「どうすることもできない」悲しみに出会った時の男の顔。息子の思い出、自分の亡き母親との思い出が続いて描かれている。
深い悲しみは誰にも語ることができないから、描くしかないのだろう。喜びは共有できるが、悲しみは「ほかの誰のものでもない」。だから本人が語るしかないのだろう。マイケル・ローゼンの言葉とクェンティン・ブレイクの絵の絶妙なコラボレーションで、男の悲しみが表現されている。
男は、悲しみをやり過ごす方法をあれこれと試してみる。悲しみは息子を失った悲しみだけではない。理由がわからない悲しみも訪れる。そして、男は悲しみを書くことにした。
「私は書く:
悲しみはそこ
深くて暗い
ベッドの下の
からっぽのそこ」
に始まる男の詩の翻訳が見事だ。
体中の力を振り絞って、世界中の人の「どうにもならない悲しみ」を代弁したような言葉だ。
悲しみは、不思議だと思う。喜びは寄せては返す波のように、訪れてはすぐに去ってゆく。しかし、悲しみは、心にも体にもいつの間にか棲み付いている。一つの悲しみに慣れると、また別の悲しみが心と体のどこかしらに宿る。
男が最後に手にした蝋燭の炎。
悲しみは、自分でしっかり見つめるしかないのだろう。悲しみは自分だけのものだから、そして、悲しみを通して自分の人生が見えてくるかもしれないから。 どうにもならない悲しみに出会ったあなたに深い慰めを与えてくれる希少な絵本としてお勧めの一冊。
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