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2008/02/23

思い出の絵本 No.7 お勧めです! 子どもと読む義経記(赤羽末吉・絵/今西祐行・文)『源平絵巻物語』全十巻(偕成社)

 源平絵巻物語全10巻は、今西祐行さんの語りと日本画家である赤羽末吉さんの絵が見事に調和した現代のすばらしい絵巻物語です。

 赤羽末吉さんの絵本のすばらしさを教えてくれたのは、二人の子ども達でした。たまたま保育園の図書コーナーから娘が借りてきた『ほうまんの池のカッパ』(銀河社)という絵本を当時5歳の娘と生後6ヶ月の息子に読み聞かせると、滅多に笑わない赤ん坊だった息子が声を立てて笑い、知的な障害を抱えている娘も一緒に笑いながら最後まで聞いてくれました。以来、何度繰り返して読んだことでしょう。思い出の絵本の貴重な一冊です。

 それから数年後、息子が年中の時に借りてきた『ももたろう』(福音館書店)。「ママ、ほうまんの池のカッパの人の絵だよ。読んで」と言います。息子は、赤羽末吉さんの絵を見つけては、図書館から借りてきていました。

 源平絵巻物語全10巻(偕成社)も幼い息子が見つけてくれた絵本です。源義経を中心に語られ、描かれた現代のすばらしい絵巻物語です。

源平絵巻物語第一巻『牛若丸』(偕成社)

赤羽末吉さんの美しい絵と今西祐行さんの誠実な語りによる源平絵巻物語を通して、お子さんと一緒に義経の生涯を辿ってみませんか。

 源義経を中心に描き、語られた源平絵巻物語の第一巻は、義経の幼少時代の物語『牛若丸』に始まります。源義経は日本人に最も愛されている歴史上の人物と言えるかもしれません。作家の今西祐行さんと画家の赤羽末吉さんは、義経を中心とした絵巻物語の創作のために、『義経記』や『平家物語』、『源平盛衰記』、『平治物語』、『吾妻鏡』などの古典を読み、資料を検証しながら、義経ゆかりの土地へと足を運んでいます。お二人の目に見えない努力の結晶によって完成した現代版源平絵巻物語全十巻です。

 第一巻は、源氏が平氏との戦に敗れて、源氏の血縁の者たちが次々と捕らえられる中、母親の常盤御前が生まれたばかりの牛若を抱いて、7歳の今若、5歳の乙若とともに雪の降りしきる中を、大和の国へ向かうくだりから始まります。
 平氏を恐れて、親戚の者にすら匿ってもらえない常盤達は、とうとう平氏の大将清盛のところに名乗り出ました。美しい常盤は、清盛に召されます。 常盤の美しさ、常盤の子ども達への愛、自分の母親である関への思いが、美しい絵の中に痛々しいくらいに伝わってきます。
 清盛と常盤の元に育った牛若は、その後、鞍馬寺に預けられました。
 鞍馬寺を訪れた僧侶から、自分の本当の父親が源氏の大将源義朝であることを聞かされた牛若が清盛への怒りと父親を失った悲しみを抱く場面が見事に描かれています。鞍馬天狗は、実在したのでしょうか。伝説と史実の行間を生きる不思議な存在も描かれています。

 第一巻は、牛若が金売りの吉次に連れられて、奥州藤原秀衡のもとに向かうまでが語られています。
 
幼い息子に読み聞かせた源平絵巻物語を再読しながら、改めてすばらしい歴史絵巻物語であることを実感しています。尾張の国の熱田神宮で元服の式をあげる16歳の牛若の凛々しさにその後の運命のはかなさを感じてしまいました。
 語り手の今西祐行さんは歴史的事実を重要視すると同時に、私たち日本人が語り継いできた義経伝説をも大切に物語るように心がけています。赤羽末吉さんの絵は、美しいだけでなく、子どもの心に訴える不思議な力があります。赤羽末吉さんの美しい絵と今西祐行さんの誠実な語りによる源平絵巻物語第一巻『牛若丸』から、お子さんと一緒に義経の生涯を辿ってみてはいかがでしょうか。

源平絵巻物語第二巻『武蔵坊弁慶』

源平絵巻物語十巻の中で、唯一民話的な語りのユーモラスな物語『武蔵坊弁慶』、お子さんと一緒に赤羽末吉さんの描く弁慶の姿を楽しんでみませんか。

 源義経を中心に描き、語られた源平絵巻物語の第二巻『武蔵坊弁慶』には、弁慶の出生おいたちから、義経と五条大橋で出会い家来となるまでが語られています。

 弁慶は、関白藤原道隆の子孫で、熊野三山でもっともえらいお坊さんの弁昌と二位の大納言の娘との間に生まれた大きな赤ん坊でした。生まれた時から、三歳くらいの大きさであったと言い伝えられています。
 髪の毛は黒々と肩まで下がり、歯もはえそろっている丸裸の大きな赤ん坊が描かれています。父親は「鬼の子じゃ。捨ててしまえ」と言います。悲しむ母親の元におばさんがはるばる訪ねて来て、赤ん坊の弁慶を都に連れて帰りました。
 おばさんから鬼若と名づけられた弁慶は6歳の時に、「ほうそう」という流行り病に罹って、ますます恐い顔に…。少年弁慶の顔を赤羽末吉さんはどのように描いているでしょうか。それは、この絵巻物語を読んでからのお楽しみです。

 比叡山延暦寺の桜本の僧正のもとに預けられた弁慶は、小僧たちから「鬼の子」といじめられ、それに負けじと乱暴を働くようになりました。そんな鬼若に手をあぐねてしまった桜本の僧正。
 鬼若は、頭を坊主にして、「武蔵坊弁慶」と名乗り、自ら修行の旅に出ました。摂津、阿波、伊予、そして、播磨の国の書写山の円教寺という名高いお寺…荒くれ者弁慶の修行の旅がユーモアたっぷりに語られ、描かれています。 弁慶の生い立ちについては全く知りませんでしたので、非常に興味深く読みました。

 再び都に舞い戻った弁慶は、夜になると道行く人の刀を片っ端から奪ってゆき、九百九十九本の刀を集めました。さて、千本目の刀を奪うために五条大橋に向かった弁慶が出会ったのは…。
 長い間、語り継がれて来た五条大橋での牛若丸と弁慶の対決、牛若丸が弁慶を仕留める場面には、思わず、絵の中の牛若丸に「あっぱれ」と声をかけたくなるほどの迫力で描かれています。
 
 弁慶に関する歴史的な資料は史実としてよりも、伝説として多く語り継がれてきたようです。語り手の今西祐行さんは史実を重要視すると同時に、私たち日本人が語り継いできた伝説をも大切に物語るように心がけています。 赤羽末吉さんの絵は、美しいだけでなく、子どもの心に訴える不思議な力があります。赤羽末吉さんの美しい絵と今西祐行さんの誠実な語りによる源平絵巻物語第二巻『武蔵坊弁慶』は、源平絵巻物語十巻の中で、唯一民話的な語りのユーモラスな物語です。お子さんと一緒に赤羽末吉さんの描く弁慶の姿を楽しんでみませんか。

『源平絵巻物語第三巻 源頼朝』(偕成社)

赤羽末吉さんの美しい絵と今西祐行さんの誠実な語りによる源平絵巻物語第三巻『源頼朝』は、義経という人物像をよりくきやかにするために欠かせない一巻ではないでしょうか。

源義経を中心に描き、語られた源平絵巻物語の第三巻は『源頼朝』です。 頼朝は、鎌倉幕府の創設者であり、武家政府により日本を統一した偉大な人物であるにもかかわらず、その弟の義経の方が、私たち日本人に愛されています。作家の今西祐行さんと画家の赤羽末吉さんは、義経を中心とした歴史絵巻物語の中に、頼朝を加えることを通して、伝説的要素の強い義経像に史実的なつながりをつけて、義経という人物像をさらにはっきりさせたいと考えたようです。(まえがきより)

 第三巻は、源氏が平氏との戦に敗れて、源氏が捕らえられる中、初陣で戦に出ていた少年頼朝が雪の中、落馬して逃げ遅れ、平氏の侍に捕らえられるくだりから始まります。
 同じ時、生まれたばかりの義経は、母親の常盤御前に抱かれて、7歳の今若、5歳の乙若とともに雪の降りしきる中を、大和の国へ向かっていました。

雪の中、平氏の侍に取り囲まれた頼朝の姿は、少年の面差し、武士というよりは、武士の鎧をまとった武者人形のように描かれています。頼朝は生涯馬術・武術が苦手であったと言われています。絵の中の頼朝からもそんな様子が感じられます。 平清盛に殺されるはずの頼朝は、清盛の母、池禅尼に救われます。池禅尼も自分の息子を亡くしたことがあり、その息子と十四歳の頼朝が重なって見えたようです。殺されずに伊豆に流された頼朝は、池禅尼の教えの通り、経を読み、写経に専念する日々を送っていました。

 世は、平家の全盛期。福原の別荘や厳島神社が美しく描かれています。そんな日々、伊豆に現れた文覚というお坊さん…。頼朝の運命が大きく変わってゆく出会いです。 第三巻では、ひ弱な少年だった頼朝が伊豆に流されて10数年、経を読み、写経に専念していた日々とその頼朝が多くの人々の助けを得て、源氏の総大将として旗揚げに至り、義経と再会する場面までが語られています。

語り手の今西祐行さんは私たち日本人が語り継いできた義経伝説をも大切に物語るように心がけていますが、歴史的事実をも丁寧に考察しながら義経を語っています。赤羽末吉さんの絵は、美しいだけでなく、子どもの心に訴える見事な力があります。

 赤羽末吉さんの美しい絵と今西祐行さんの誠実な語りによる源平絵巻物語第三巻は、義経という人物像をよりくきやかにするために欠かせない一巻ではないでしょうか。

『源平絵巻物語第四巻 木曽義仲』(偕成社)

 赤羽末吉さんの美しい絵と今西祐行さんの誠実な語りによる『源平絵巻物語第四巻木曽義仲』を通して、義経の人物像や生き様に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

  源義経を中心に描き、語られた源平絵巻物語の第四巻は、『木曽義仲』です。義仲は、頼朝や義経の父である源義朝の弟・源義賢の息子です。義朝と義賢の兄弟は仲が悪く、領地のことから戦を起こしています。

 
 第四巻は、義朝が、弟である義賢の住む武蔵の国・大蔵の館に攻め込み、火を放つ場面から始まります。その時、二歳になったばかりの義仲は、炎の中で泣き叫んでいました。 斎藤実盛という義朝の家来が、燃え盛る炎の中から義仲を助け出します。燃え盛る炎が一面に描かれて、命からがら義仲を助け出す実盛のただならぬ有様が感じられます。 助けられた義仲は、乳母の夫である木曽の中原兼遠に預けられました。兼遠は、源氏の血を受けた孤児として義仲を大切に育てます。伊豆に流され、北条時政の庇護を受けた頼朝、鞍馬寺に預けられた後、藤原秀衡に守られた義経…義仲は、三人の中で最も苦労が少なく、大事に扱われたのではないかと言われています。

 義仲の妻である巴御前の勇ましさ、自分の出世のために大事な息子である義高を頼朝のもとに人質として差し出す義仲の冷徹さが表情豊かに描かれています。 くりから峠での平氏との戦いで、義仲が牛の角に松明をつけて、平氏の軍に放ったことは有名ですが、平氏の武士や馬が谷になだれるように落ちた後の様子が、昔の本からの引用で「谷はうずまり、おかになった」と語られていて、戦いの後の無惨な有様が語りと絵の両方から感じられ、悲しみをそそります。 くりから峠で平氏を討ち破り、都で「朝日将軍」と呼ばれた義仲のその後は、史実の通りのあっけない最期を迎えます。後白河法皇と頼朝にあやつられたとは言え、義仲の生き様は、単純明快です。 

 頼朝の元で娘の大姫と仲良く育った義仲の息子義高は、自分の娘である大姫が慕っていたにも関わらず、頼朝の命令で殺されます。頼朝の冷徹さの矛先は、後に腹違いの兄弟である義経に向かいます。 義経の生涯をくきやかに語り描くために、兄の頼朝といとこの義仲を語ることは必要不可欠な要素ではないでしょうか。

 赤羽末吉さんの美しい絵と今西祐行さんの誠実な語りによる『源平絵巻物語第四巻木曽義仲』を通して、義経の人物像や生き様に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

『源平絵巻物語第五巻 ひよどりごえ』(偕成社)

 源平絵巻物語第五巻『ひよどりごえ』は、全十巻の中で最も読み応えがある一巻ではないでしょうか。お子さんと一緒に、源平の激しい戦いを立派に生き抜いた武士たちの心に残る物語を味わってみませんか。

  源義経を中心に描き語られた源平絵巻物語の第5巻『ひよどりごえ』は、源平のもっとも激しい戦いであった一の谷の合戦が舞台となっています。
 語り手の今西祐行さんと画家の赤羽末吉さんは、私たち日本人が語り継いできた義経伝説を大切にすると同時に、史実の検証を丁寧に行いながら絵巻物語を作り上げました。義経の鵯越に関しては『平家物語』や『源平盛衰記』そして、『吾妻鏡』にも記されています。まえがきで、今西祐行さんは、鵯越が伝説ではなく、史実であることを述べています。 

 第五巻は、木曽義仲に都を追われ、幼い安徳天皇と三種の神器を奉じて、いったんは九州の大宰府に逃れた平氏が、福原(神戸市)に大きな陣地を作り、再び勢いを取り戻すくだりから始まります。

 兄・頼朝から平氏追討の命令を受けた源範頼、義経の兄弟が一の谷から西と東にまわって平氏の陣を挟み撃ちにしようとしていました。福原は、前が海で、後ろは険しい山という攻め込みにくい土地です。油断をしていた平氏たちを不意打ちにしたのが、かの有名な義経の鵯越です。 道がない鵯峠、地元の老人に聞いても、鹿ぐらいしか通ることができないと言いますが、義経は、鹿が通るなら四足の馬も通るだろうと先を急ぎます。勇ましく美しい武者姿の義経の傍には、体の大きな弁慶が連れ添っています。いかにも勝つぞという勢いが絵の中からも感じられます。

 五巻は、義経の鵯越の物語だけでなく、義経の家来である熊谷次郎直実と平敦盛の物語、畠山重忠と平知盛の二人の愛馬物語…後の時代まで語り継がれた有名な物語が盛りだくさんです。現在でも、謡曲や歌舞伎、人形浄瑠璃で演じられているくらい日本人に愛されている物語です。

 激しい戦を前に笛を吹く敦盛の優雅な姿、逃げ遅れて直実に組み伏せられた若武者姿の美しい敦盛、自分の息子の姿と敦盛が重なり心に葛藤を抱く直実、福原の浜辺に残された一本の笛…全てが鮮やかに描かれていて、涙をそそります。 

 義経は、その笛を見て、鞍馬山に送られる時、母の常盤からもらった笛を思い出したのでしょうか。義経もまた笛の名手でありました。戦いは、勝者にも敗者にも悲しいものだとということをしみじみと感じさせられました。 愛馬を背負い鵯峠を下る畠山重忠、愛馬を敵の元に残し、船で立ち去る知盛…残された知盛の馬のいななきが聞こえてくるようです。

 源平絵巻物語第五巻『ひよどりごえ』は、全十巻の中で最も読み応えがある一巻ではないでしょうか。赤羽末吉さんの美しい絵と今西祐行さんの誠実な語りを通して、お子さんと一緒に源平の激しい戦いを立派に生き抜いた武士たちの心に残る物語を味わってみませんか。

源平絵巻物語第6巻 『屋島のたたかい』

 赤羽末吉さんの美しく鮮やかな絵と今西祐行さんの誠実で優雅な語りを通して甦った『屋島のたたかい』~お子さんと一緒に歴史を紐解いてみてはいかがでしょうか。幼いお子さんから大人まで、お勧めの絵巻物語です。

 名場面は、弓を海に落とした義経が、海から迫る平氏を恐れず、弓を拾うシーンです。もう少しで敵に捕らえられるところでしたが、からからと笑っている義経の大胆不敵さと武士としての誇りが偲ばれます。
 弓が惜しくて拾ったのではなく、源氏の大将がこんな弱い弓を使っていることが敵方の平氏に笑われるのが悔しくて拾ったのだと言っています。 また、平氏のいくさ占いのひとつ、船の竿の先に立ててある扇を的に「弓を射よ」と平氏の女官が手招きをしているシーン、そして、その的を弓の名手である義経の家来・那須与一が見事に射抜くシーンです。
 占いの結果の通り、義経率いる源氏は平氏を追いつめてゆきます。

 冒頭に引用された和歌

 君すめばここも雲井の月なれどなおこいしきは都なりけり

 追いつめられた平氏の哀しさが偲ばれます。   幼い安徳天皇とともに海に逃れた平氏は、戦乱の中でも歌を詠むという風流な心を忘れませんでした。 この絵巻物語のために作者である今西祐行さんは、源平ゆかりの土地を訪れています。言い伝えと史実と交えながら語っていますが、なるべく史実に忠実であろうと努めている今西祐行さんの筆致が伺えます。

 赤羽末吉さんの美しく鮮やかな絵と今西祐行さんの誠実で優雅な語りを通して甦った『屋島のたたかい』、お子さんと一緒に歴史を紐解いてみてはいかがでしょうか。幼いお子さんから大人まで、お勧めの絵巻物語です。

源平絵巻物語第7巻 『壇ノ浦のたたかい』

 義経を美化することなく語り描かれた『壇の浦のたたかい』、戦いは後代までその哀しみを残すことを教えてくれます。

 幼い息子と読んだ源平絵巻物語全10巻ですが、第7巻は、平氏が滅亡したことで有名な『壇の浦のたたかい』です。源平絵巻物語は、源義経を中心に語られ、描かれた物語、今西祐行さんの誠実で、優雅な語りと日本画家の赤羽末吉さんの美しく、鮮やかな絵の中に義経の生涯が見事に甦っています。  わずか300そうの船で500そうもの船を持つ平氏に打ち勝った義経の勝因は、潮流を上手く利用したことにあると言われています。今西祐行さんと赤羽末吉さんは、源平ゆかりの土地を実際に訪れて、当時の様子を偲んでいます。

 水軍にたけた平氏との海での戦いです。義経の「八そうとび」の逸話は出てきませんが、味方の船から敵の船に飛び、乗り移って戦う義経の姿が勇ましく描かれています。

 義経を中心に書かれた物語とは言え、赤羽末吉さんも今西祐行さんも義経だけを美化することなく、平氏の最期の姿の優美さを描き、語り尽くしている点に感動を覚えます。 二位の尼が八歳の安徳天皇を抱いて海に飛び込む場面、「…ほかの都へまいりましょう。波のそこにも、都はございます。」という二位の尼の優美で信心深い人柄が偲ばれます。 二位の尼と安徳天皇に続いて、平家の大将知盛が船の碇をかついで飛び込む場面、「もし、わしがうきあがったら、かまわぬ、弓でいころせ。」と最期の言葉を残す知盛の武家の大将としての誇りが感じられます。顔色が青ざめていながらも、無念さの中に勇ましさを秘めた知盛の姿が大きく描かれています。夕日に照らされた海に浮かぶ女官たちの衣、「まるでもみじのながれる秋の川のようでした。」との語りが見事です。

 落人の部落、熊本の五箇荘の山々が幽玄に描かれています。「<落人の部落>と呼ばれる、そんな村が、日本のいたるところに、いまものこっています。」という語りに、戦いは後代まで、その哀しみを残すことを教えられたような気がします。幼いお子さんから大人までお勧めの絵本です。

源平絵巻物語第8巻『静御前』

 源義経を中心に描き、語られた源平絵巻物語第八巻『静御前』は、義経の妻であり、義経を一途に慕いながら貞淑に生き、若くして亡くなった女性の静御前の物語です。判官びいきという言葉があるように、源義経は日本人に最も愛されている歴史上の人物ですが、その妻、静御前もまた日本人が理想とする女性の一人です。『義経記』や『平家物語』、『吾妻鏡』に静御前のことが記されています。

 第八巻は、一の谷の戦いを終えて都に戻った義経が静御前と出会うくだりから始まります。その年の夏、都は雨の降らない日が続き、雨乞いの舞の会が行われることになりました。静は、その舞姫の一人でした。99人の舞姫が舞っても何の効き目もありませんでしたが、静が舞い始めると、滝のような雨が降り始めました。 

 義経の母である常盤御前は1000人の中から選ばれた美しい女性の一人と言われていますが、静も100人の舞姫の中から選ばれた「日本一の舞姫」と後の世にまで名を残すほどの美しい女性です。都の干天に雨をもたらす神秘的な力の持ち主であったとも言い伝えられています。

 義経は、静の舞いを見て、一目で気に入ったようです。 屋島の戦い、壇ノ浦の戦いを終え、都に戻ってきた義経は、すぐに静を妻としました。その後の土佐房の夜討ちの時の静御前のけなげな働き、義経とともに都落ちして捕らえられ鎌倉に送られたこと、八幡宮の頼朝の前で義経を偲ぶ舞を舞ったことなど静御前の義経への一途な思いと健気な生き様が語られています。 

 源平絵巻物語全十巻の中で、最も美しい絵物語ではないでしょうか。義経と静御前のふたりの姿が気高く、美しく描かれています。また、静御前の一途な愛を通して、義経という人物の魅力が感じられます。

 吉野山 みねの白雪 ふみわけて いりにし人の あとぞ こいしき しずやしず しずのおだまき くりかえし むかしをいまに なすよしもがな

 
 美しい歌とともに義経を偲び、頼朝の前で舞った静御前の姿をとても美しいと感じました。義経の悲しい末路を飾るにふさわしい歌と舞であったのではないでしょうか。赤羽末吉さんの美しい絵と今西祐行さんの誠実な語りによる源平絵巻物語第八巻『静御前』を通して、静御前の武士の妻としての生き様の潔さを感じてみませんか。

源平絵巻物語第9巻 『安宅の関』

 完成度の高い現代絵巻物語~いくつもの難を逃れながら危険な旅路を辿り、平泉に向かう義経一行と一行が辿った土地の美しい景色が描かれています。

 第9巻の『安宅の関』は、一の谷、屋島、そして、壇の浦のたたかいの一連の戦で手柄をあげ、朝廷から位まで授けられた義経を兄の頼朝が快く思わず、義経追討の命令を下したことから物語が始まります。 

 義経ら一行は、少年の頃にお世話になった奥州藤原氏の平泉へ行くことになりました。弁慶ら、わずかの家来と山伏の姿に身をまとって都を離れます。稚児姿になった奥方も同行しています。山伏姿になっても雅な義経の姿が描かれています。 行く先々に、兄頼朝の命令が行き届き、危ない目に遭いますが、そのたび難を凌ぐのが弁慶でした。平泉寺に立ち寄った義経達、お寺にまで頼朝の命令が届いていました。特に関所は、義経達にとって抜けがたい場所です。 

 第九巻の名場面は、何と言っても安宅の関で、弁慶が山伏姿に身を隠した義経を杖でなぐる姿です。義経が牛若丸と呼ばれていた頃から家来として従って来た弁慶にとって、ご主人である義経を打つことは、耐え難いことであったと想像されます。杖を振り上げる弁慶の横顔が心なしか涙ぐんでいるように描かれています。 

 『義経記』第七巻を資料に今西祐行さんは、『安宅の関』を書きましたが、『義経記』には、弁慶が義経を打つ場面は出て来ないそうです。後代の人々が語り継いだ義経伝説の一つであろうことが前書きに記されています。

 いくつもの難を逃れながら危険な旅路を辿り、平泉に向かう義経一行と一行が辿った土地の美しい景色が描かれています。はらはらする場面が多い第9巻ですが、絵の美しさに救われるような思いで読み終えました。

 赤羽末吉さんの美しく鮮やかな絵と今西祐行さんの誠実で、優雅な語りを通して、義経の生涯をお子さんと辿ってみてはいかがでしょうか。幼いお子さんから、大人まで味わうことのできる完成度の高い現代絵巻物語です。

『源平絵巻物語第十巻 衣川のやかた』(偕成社)

 赤羽末吉さんの美しく、鮮やかな絵と今西祐行さんの誠実で、優雅な語りを通して、義経の生涯をお子さんと辿ってみてはいかがでしょうか。完成度の高い現代絵巻物語全十巻を通して読まれることをお勧めします。

 源平絵巻物語の第十巻『衣川のやかた』は義経の最期をえがく物語です。一の谷、屋島、そして、壇の浦のたたかいの一連の戦で手柄をあげ、朝廷から位まで授けられた義経を兄の頼朝が快く思わず、義経追討の命令を下しました。義経ら一行は、いくつもの難を逃れながら危険な旅路を辿り、藤原秀衡の待つ奥州平泉へ向かいました。

 第十巻は、秀衡が一族を従えて、義経を迎えるくだりから始まります。「いざとなりますれば、あなたさまをおん大将にいただいて、鎌倉にうってでるくらいのかくごでござりますぞ」と冗談めかして沈みがちな義経を引き立てる秀衡…奥州には、砂金と馬と漆がたくさんとれました。<北の王者>と呼ばれていた秀衡は、それらのものを都の人々に売って、冨と力を蓄えていました。当時、奥州にまで頼朝の支配は及んでいなかったのです。  秀衡は、戦の上手な義経を喜んで迎えました。冗談めかして義経に言った言葉は秀衡の本心であったのかもしれません。義経のために、衣川のほとりに立派な館を建てました。館の向こうには一万本の桜が植えられたという束稲山があり、その手前を桜川と呼ばれる北上川が、ゆったりと流れていました。中尊寺の金色堂も見えます。義経が最期を迎える衣川の館が、すばらしく、美しいことがせめてもの救いです。

 秀衡の急逝、その息子・泰衡の裏切りにより、衣川のやかたで切腹して最期を迎える義経。義経が持仏堂にこもって法華経を読み終えるまで、義経を守り抜いた弁慶の仁王立ちが勇ましい姿で描かれていて、悲しみをそそります。

 義経も義仲も兄である頼朝に操られたと言っても過言ではないでしょう。秀衡の息子・泰衡も頼朝に利用されたに過ぎません。義仲の単純でわがままな振る舞いや泰衡のずる賢さとは異なり、義経は、武勇もさることながら、最期まで武士として立派に生き抜きました。 義経は悲劇のヒーローであるがゆえに愛されているのかもしれません。鎌倉幕府成立の陰には、多くの人々の援助と犠牲がありました。語り手の今西祐行さんと赤羽末吉さんは、義経の生涯を通して、歴史の暗部をも語り描いています。日本で初めての武家政権を鎌倉に確立した頼朝ですが、生涯を通して、武術や馬術が苦手でした。頼朝自身も歴史に翻弄された一人であったのではないでしょうか。

 
 全十巻は、それぞれの巻が独立して構成されていますが、ぜひ、全十巻を通して読まれることをお勧めします。赤羽末吉さんの美しく、鮮やかな絵と今西祐行さんの誠実で、優雅な語りを通して、義経の生涯をお子さんと辿ってみてはいかがでしょうか。幼いお子さんから、大人まで味わうことのできる完成度の高い現代絵巻物語です。

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