『アンネ・フランクのバラ アンネの意志を受け継いだ人びと』(アンネのバラの教会 高橋数樹・編)(出版文化社)
今年もわが家にアンネ・フランクのバラが咲きました。この4月からフルタイムで勤務を始めましたので、ベランダいっぱいに植えていた花や木々を差し上げたり、移植したりしましたが、アンネ・フランクのバラだけは手元に残しました。手塩にかけて育てることができるのは、この花だけ・・・と心に決めています。星の王子さまが自分の星で唯一大切に育てていた花に思いを馳せながら、育てています。携帯カメラの写真ですので、画像があまりよくありませんが、この夏の初花をご覧になってください。(ちなみにアンネ・フランクのバラは、四季を通して咲きます。私は冬は無理をさせないように休ませています。)
アンネ・フランクにまつわるバラの花をご存知ですか?「Rose Garden」のラ・ロズレさんのご紹介で、『アンネ・フランクのバラ』を読みました。
「アンネのバラ」は、蕾の時は赤色、開花するとオレンジ色に黄色がかった黄金色になり、時間の経過とともに花弁の先からサーモンピンクに変色し、さらに濃い赤色になるという美しいバラの花です。(「アンネのバラ」の写真は、Rose Gardenのこちらにアップされています。)
『アンネの日記』に感銘を受けたベルギーの園芸家デルフォルヘ氏によって1955年に作出されSouvenir d’Anne Frank(アンネ・フランクの形見)と名づけられました。1960年に世に発表され、1962年にアンネの父親であるオットー・フランク氏に贈られたバラの花です。
そのバラが、同著の執筆者である大槻武二・道子牧師が関わるしののめ合唱団とオットー氏との出会いを通して、1972年のクリスマスにオットー氏から日本に贈られました。
1972年に贈られた「アンネのバラ」10本の中から1本だけが根付き、その1本のバラから、1980年兵庫県西宮市に「アンネのバラの教会」、1995年広島県福山市に「ホロコースト記念館」が生まれました。
その過程には、東京都杉並区の泉南中学校及び高井戸中学校での小林桂三郎教諭の指導による「アンネ学習」から生まれた3つの文集が英訳されオットー氏とアンネ・フランク財団に届けられるという出来事もあり、再びオットー氏から杉並区の中学生達に「アンネのバラ」が届けられました。
3つの文集には、国語の授業の中で『アンネの日記』を読んだ中学生達がアンネに寄せた手紙文がおさめられています。『アンネのバラよいつまでも』(小学館)に、「その死を胸に」(昭和49年)、「暗い炎の後に」(昭和50年)、「アンネのバラよいつまでも」(昭和53年)と題された3つの文集から抜粋された手紙文がおさめられており、当時の中学生達の素朴で純粋な思いが伝わってきます。
「もし、神さまがわたしを長生きさせてくださるのなら、私は社会に出て、人類のために働きたいのです。」と日記の中に書き残し15歳の若さで亡くなったアンネの遺志が、日記を読み、歴史を学び、アンネのバラを育てることを通して、生徒達の中に受け継がれていることを感じさせられました。杉並区の中学生達の純粋な思いが、アンネのバラを「平和の象徴」へと高めてゆくのに寄与していることを記憶にとどめたいと思います。
しののめ合唱団に贈られたアンネのバラは山室隆一、健治父子により、また、杉並区の中学生に贈られたアンネのバラは相原嘉寿雄氏の尽力により栽培が受け継がれました。気品のある濃いオレンジに黄色を帯びた黄金色で、美しく変色する「アンネのバラ」は、その美しさと同時に、ホロコーストの中で若い命を亡くしたアンネの遺志を伝える「平和の象徴」として、今や日本国内で1万本以上の広がりをみせています。
アンネのバラの教会の高橋数樹牧師の編集による同著は、大槻道子牧師の「世界と人類の平和のために」から始まり、武二牧師の「アンネにささげるレクイエム」、アンネの生誕地、アンネのバラの誕生の由来、ホロコースト、アンネのバラを通して広がる平和の輪、アンネのバラの育て方へと続きます。
「(アンネのバラを)心に咲かせなければ、真に平和を生む人にはなれないのだ」(同著34ページ)というの大槻武二牧師の言葉が心に残りました。アンネのバラの美しさとともにナチスドイツによるユダヤ人迫害の極限状態の中で日記をつづり続けたアンネの平和への思いを伝える一冊としてお勧めです。
もう一冊のお勧めは・・・
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コメント
加藤(ラ・ロズレ)さん
明るくて、出しゃばらず、優しくて、芯が強くて・・・
アンネのバラに毎年癒されています。初夏のバラが一番きれいな気がしています。毎年毎年の楽しみです。
ラ・ロズレさんはたくさんのバラを育てていらっしゃるので、また、いろんな楽しみがあるかと思います。ブログを時々訪れて楽しませていただきたいと思っていますので、どうぞこれからもよろしくお願い致します。
投稿 まざあぐうす | 2008/05/19 20:21
毎年毎年、薔薇は忘れることなく咲いてくれますね。
私もその度に想いを新たにしなくては。
それにしても、素敵な薔薇ですよね、明るくて、それなのに出しゃばらず、優しくて、でも芯が強そうで。。。
投稿 加藤 | 2008/05/19 12:29
山猫編集長さん、母校の小学校の隣にお住まいでいらして、その花壇でアンネのバラをご覧になることができるなんて、うらやましいです。
『アンネ・フランクのバラ』にも茨城キリスト教大学で、アンネのバラが育てられていることとその活動内容が紹介されていました。
バラは育てるのに手がかかる植物ですが、だからこそアンネの記憶も受け継がれてゆくのではないかと感じます。
これから美しい変色が見られるのでしょうね。私も見てみたいな。編集長さんの俳句、いいなあと思いました。
投稿 まざあぐうす | 2005/07/29 16:21
アンネの薔薇の花の一株が、昨年、ワタシの母校の小学校に贈られたのです。
そして、今年はじめて花が咲いたのです。
茨城キリスト教大学(日立市)というところで、アンネの薔薇を育成されているそうなんです。その何株かを、毎年希望があった学校へ贈っているそうですよ。
今、ちょうど小学校の花壇の中で咲いているんです。早朝、気が向くと散歩に出かけるんですけれど、小学校がすぐお隣なものですから、アンネの薔薇を見ることができるのです。見ていただいた俳句は、それを詠んだものでした。
今は、オレンジ色なんですよ。5~6輪の花が咲いています。
--(や)--
投稿 山猫編集長 | 2005/07/29 13:18
大好きなバラの花が平和を考える輪につながっていることを思うとうれしいですね。自分で、アンネのバラの手入れをする自信はありませんが、実物を見てみたいなと思います。
読書感想文、小学生の頃は苦手でしたが、中学生頃から苦にならなくなりました。お恥ずかしい話ですが、田舎の優等生でしたので、割と先生方には選んでいただいたような気がします。
もっと肩の力を抜いて書きたいな。。。
投稿 まざあぐうす | 2005/07/28 23:23
早速、まざあぐうすさんのレポートを拝見しました。さすが~、素晴らしくまとめられましたね。夏休みの読書感想文なんかお得意でした?
アンネの日記を元にした書物はたくさんありますが、アンネのバラを中心に据えたものはそれほど多くないかしら?と思いますので、こうして様々な角度から紹介できるというのは本当にいいことだなぁと思います。
一人でも多くの方に読んで&一緒に考えていただきたいですね。
投稿 かとう | 2005/07/28 22:39