2008/03/05

ターシャ・テューダー『コーギビルの村まつり』(メディアファクトリー)

 コーギビルは、アメリカの絵本作家ターシャ・テューダーが描いた想像上の世界です。
 ニューハンプシャーの西、バーモントの東にある村で、教会とホテル、郵便局と雑貨店、それに戦争記念碑があって、コーギ犬と猫とウサギとボガートが住んでいます。
 ボガートは、スウェーデン生まれのトロルという妖精の一種、オリーブ色の体に水玉模様のあるあやつり人形のような陽気な妖精として描かれています。

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ターシャ・テューダー『ローズマリーは思い出の花』(メディアファクトリー)

 左ページにはターシャ・テューダーのイラスト、右ページには美しい縁取りが施された書き込み可能なカレンダーと続く「メモリーブック」形式の絵本です。
 カレンダーには曜日が入っていませんので、どの年でも書き込みがが可能となっています。

 ターシャのイラストには、エミリー・ディキンソンに始まり、イエーツやエマソン、ジョン・ラスキンらの言葉が引用として、ひと言ずつ添えられています。いずれも洞察に満ちた魅力的な言葉で、ターシャのイラストとともに深く味わうことができます。

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ターシャ・テューダークラッシックコレクション(メディアファクトリー)

 アメリカで最も愛されている絵本作家、そして、園芸科として世界的に有名なターシャ・テューダーは、1938年に23歳で処女作『パンプキン・ムーンシャイン』(Pumpkin Moonshine)という絵本を出版して以来、60年以上の長い年月に及ぶ創作活動を続けています。

 2001年~2002年にかけてメディアファクトリーからターシャ・テューダーの初期の傑作11冊が「ターシャ・テューダークラッシックコレクション」として内藤里永子さんの翻訳によって出版されています。

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ターシャ・テューダー『ホワイト・グース』(メディアファクトリー)

 夜と夜明けの間にうっすらと射す月明かり、霜が降りて、草原は銀色に輝いています。牛飼いの少年ロビンにとって、暖炉の火が暖かい家に帰る時間が近づいて来ました。お母さんが朝ごはんを作って待っています。牛を呼ぶロビンの声がこだまして、霧の中で呼び返す声が響いた時、一羽の白い雁が月明かりの中に消えるのが見えました。

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ターシャ・テューダー『もうすぐゆきのクリスマス』(メディアファクトリー)

 丘をたくさんこえた、そのまた向こうにねずみたちが走り回り、壁にきつつきがたくさん穴を開けている古い古い家がありました。

 古い家に住む子どもたちセスとべサニーとマフィンは、クリスマスが近づいている静かな冬の夜、暖炉の火でリンゴを焼き、おばあさんの昔ばなしに耳を傾けています。おばあさんの声とともに聞こえてくるのはねずみの足音。

 クリスマスがくるまで、子どもたちは学校や家や自然の中でどのように過ごすのでしょう。森の小みちやウィンスロップの丘や小川でにぎやかに遊んでいるうちに季節は少しずつ移ろってゆきます。

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(ターシャ・テューダー)『パンプキン・ムーンシャイン』(メディアファクトリー)

 ハローウィーンの日に、コネティカットのおばあちゃんの家に遊びに来ている小さな女の子シルヴィー・アンは、かぼちゃちょうちんを作るために、りっぱにまるまるとふとったかぼちゃを探しに丘の上の畑に向かいました。
 おともは犬のウィギー。はぁはぁ息を切らしながら丘を登ると、刈り取ったとうもろこしの間に見事なかぼちゃが見えました。まるまると太ったかぼちゃは重くて持ち上げることができません。シルヴィー・アンは雪だるまを作る時の要領でかぼちゃをころがしてゆくことにしました。
 ところが、丘の端まで来て、下り坂が始まると、かぼちゃはころがりはじめました。ぼん!ぼん!ぼ、ぼーん!はずみをつけてころがってゆきます。やぎやにわとりやがちょうを驚かせ、どんどんころがる大きなかぼちゃ。

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ターシャ・テューダー『クリスマスのまえのばん』(メディアファクトリー)

 『クリスマスのまえのばん』は、神学者、そして、文筆家であるクレメント・クラーク・ムーアが、自分の子どもたちのために、オランダの伝承とそのお祭りを元として作ったA Visit from St. Nicholasという詩にターシャ・テューダーがイラストを添えた絵本です。

 原詩は、今から180年ほど前のアメリカで発表されて以来、「八頭立てのトナカイに乗ってやってくる小人のサンタクロース」というイメージが定着したと言ってもいいほど有名な詩です。

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2008/02/22

(江國香織・文/荒井良二・絵)『いつか、ずっと昔』(アートン)

 結婚を控えたれいこと浩一が夜桜見物に来ました。
 見渡すかぎりの桜、濃紺の闇に、つめたいほど白い花がしんとしずまりかえってさいています。風が吹くたびに花びらがこぼれます。

 浩一の腕にもたれて、うっとりと夜桜をながめるれいこに、次々と現れる過去の恋人たち。木の根のかげから、しゅる、と音がして現れたもの。木々の間をうろうろと動き回っていた白くて、まるく太ったもの。豚舎の入り口に、うしろから月光をあびて、ちょこんと立っていたもの。
 桜の幹から養豚場、海を経て、再び花びらの中に立つ浩一のもとに戻ってきたれいこ。れいこは、浩一の腕にしがみつきながら、「さよなら」と昔の恋人たちに、そっと告げます。さて、れいこの恋人達とは・・・。

 『つめたいよるに』収録の「いつか、ずっと昔」を底本として描き下ろされた絵本です。荒井良二さんのユニークなイラストが江國香織さんの物語の世界を幻想的に彩っています。夜桜の花のアーチがまさに異界に開かれた門のようです。

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2008/02/20

荒井良二さんの絵本の魅力ー時間の流れ

 ふと、子どもの頃に戻ってみたい、そして、ほっとした気分を味わってみたいと思うとき、開く絵本・・・そんな絵本作家の一人が荒井良二さんです。

 荒井良二さんは、日本人で初のリンドグレーン賞を受賞しています。下記は、2005年に書いてブログ「ほのぼの文庫」にアップした文章ですが、今日、偶然、荒井良二さんの絵本が好きという方にお会いして、うれしかったので再更新することにしました。

 荒井さんの絵は、「子どもより子どもっぽい絵」かもしれません。荒井さんが絵本に書いている文字も「子どもより子どもっぽい文字」かもしれません。子どもより子どもっぽい絵だけど、子どもより子どもっぽい文字だけど、魅力的な絵です。そして、何よりもほっとする絵と文字です。(「子どもより子どもっぽい絵」という言葉は、荒井良二さんの『ぼくのキュートナ』の一文「子どもよりもっと子どもっぽい、絵を描く天才」より着想を得ました。)

 一ヶ月半ほど読み続けて、絵本の魅力とほっとする要因は、絵本の中を流れる独特の時間にあるのではないかと感じるようになりました。

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荒井良二作『バスにのって』(偕成社)

トントンパットントンパットン 荒井良二さんの刻むゆったりとした時間

 バスに乗って遠くへいくために、一人でバスを待っている人がいます。
 照りつける太陽と小さなバス停
 広い空とそよっと吹く風
 ラジオから聞こえてくる音楽
 トントンパットン
 トンパットン
 トラックが過ぎ、馬に乗った人が過ぎ、自転車に乗った人が過ぎ、いろんな人が通り過ぎて、夜になりました。バスを待っている人も眠り、ラジオも眠ります。
 朝になりました。トントンパットン トンパットンとラジオから、再び音楽が流れ始めます。照りつける太陽と小さなバス停、広い空とそよっと吹く風、そして、ラジオから聞こえてくる音楽、それだけしかない世界です。
 バスは来るのでしょうか。バスに乗って遠くへ行けるのでしょうか。そんなことすら忘れてしまうほど、のんびりとした時間が流れています。
 音楽のトントンパットントンパットンのリズムに乗って、ゆったりとした時間が流れてゆきます。照りつける太陽と小さなバス停、広い空とそよっと吹く風、そして、ラジオから聞こえてくる音楽、たったそれだけの世界ですが、なぜかそんな世界が恋しくなりました。

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(荒井良二)『ぼくのキュートナ』(講談社)

キュートナって、誰? いろいろな楽しみ方ができる一冊の絵本

 「はいけい。ぼくのキュートナ」で始まるキュートナへの手紙とキュートナへの言葉が対をなす15通の手紙集。

 キュートナって、動かない時計をしている。メガネをするとキリッとしてみえる。あるいてて、急に立ち止まる。よわよわしいけど、ちからもち。へんなぼうしがにあう。さむがりなのに、つめたいものばかり飲む。子どもよりもっと子どもっぽい、絵を描く天才。あれしたい、これしたいって、いつもいう・・・。

 キュートナって、誰?キュートナって、具体的な人物像とか浮かばないけれど、「ぼく」にとって特別な存在だってことは分かる。「ぼく」が心底愛しているってことも分かる。
 

 もしかしたら、キュートナって、荒井良二さん、あなたのことかしら?
「きみが描く絵ってスゴイね。子どもよりもっと子どもっぽい。天才だよ!」という言葉が胸にキュンと来る。自分の中にいるもう一人の自分にこんな手紙が書けたらいいな。自分のことをこんなに愛せたらいいな。
 子どもよりもっと子どもっぽいけれど、スゴイ絵と愛に満ちたユニークな言葉、最初は、手紙だけを読んで、次に言葉だけを読んで、その次に手紙と言葉を比べながら読む。そして、絵だけを見る。いろんな楽しみ方ができる一冊。

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2008/02/13

ジミー著『ほほえむ魚』(早川書房)

「犬のように忠実で、猫みたいに心がかよい、恋人のように愛しい魚」とぼくの不思議な物語~人間の孤独、運命、そして、本当の人間のやさしさとは何かを考えさせられます

 ぼくは、ぼくだけにほほえむ魚に出会った。魚は、いつもぼくを待っていた。じっと見つめるぼくだけのまなざしを。ぼくは、ぼくだけにほほえむ魚を小さな水槽に入れて、家につれ帰った。「犬のように忠実で、猫みたいに心がかよい、恋人のように愛しい魚」とぼくの生活が始まった。

 眠ったはずの魚は、水槽ごと緑色に輝きながら、空中を漂ってゆく。ぼくは、あわてて追いかける。魚のあとを追って、真夜中の通りをさまようぼく、幼い頃踊ったダンスのステップを思い出したぼく、木立の中でかくれんぼをするぼく、朝露でズボンが濡れるまで草むらを歩くぼく、緑色に輝く魚といっしょに大海原を仲良く泳ぐぼく…。大海原を自由自在に泳ぎ回って、ぼくは、はっと気がついた。「ぼくも大きな水槽に囚われたちいさな魚だったんだ」と。
 めざめたぼくとほほえむ魚のその後は…。

 「犬のように忠実で、猫みたいに心がかよい、恋人のように愛しい魚」とぼくの不思議な物語です。人間の孤独と運命を幻想的で美しい絵とユーモラスな語りで綴った物語、自分の孤独と運命から目をそらさずに向き合った作者だからこそ綴れる物語ではないでしょうか。人間の孤独、運命、そして、本当の人間のやさしさとは何かを考えさせられます

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ジミー『君をみつめてる』(日本文芸社)

台湾の絵本作家ジミー・リャオが贈る癒しと勇気のメッセージ集

 台湾の絵本作家ジミー・リャオの60篇の詞と絵が収められたメッセージ集。猫や小鳥、うさぎや熊など動物と人間が関わる姿が、それぞれの言葉と対をなすように描かれていて、60篇の寓話を読むように愉しむことができます。

 

 最低の絶望のなかにいるあなた、夢と現実のあいだをさまよっているあなた、そして、不条理を抱えているあなた、最初の一歩をどう踏みだせばいいのかわからないあなた、そんなあなたの心に沁みるメッセージ。
 希望の井戸
 リンゴの木の下で
 相対論
 偏屈・・・など

 台湾の絵本作家ジミー・リャオが贈る癒しと勇気のメッセージ集。ジミーの言葉は、美しく清らかな一輪の花をあなたの心に届けてくれるでしょう。そして、あなたにしかできないこと、あなただけの幸せがあることをさり気なく教えてくれるでしょう。

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2008/02/09

『蟹塚縁起』(梨木香歩・文/木内達朗・絵)(理論社)

(梨木香歩・文・木内達朗・絵)『蟹塚縁起』(理論社)
梨木香歩さんの語りと木内達郎さんの絵の絶妙なコンビネーションによる蟹塚の由来ー二世代にわたる恨みが昇華されてゆく哀しく美しい物語です。

 むかしむかし、薮内七右衛門という武将がいました。何千人もの兵を率いて戦っていた七右衛門は、家来たちをそれはそれは大事に思っていました。 七右衛門は、大事な家臣が人質にとられたと知った時、敵の罠とは知りながら、駆けつけたのです。
 他の家来たちも次々に打たれ、兵たちの屍が累々としている中、続けざまに敵の矢を受け、愛馬松波丸もろとも、同田貫正国という九尺五寸の刀を握り締めたまま、どうっとばかりに地面に崩れ落ちました。七右衛門は、「ああこの土と、もっと親しんで、生きたかった…」との思いを遺しながら、息絶えてゆきました。無念の戦死でした。

 七右衛門の思いは、同じ土地にとうきちという農民の子として生まれ変わりました。前世を語る旅人・六部…とうきちに前世の記憶が鮮明に甦る出来事が起こります。
 

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梨木香歩さんの絵本『ペンキや』・『マジョモリ』・『ワニ ジャングルの憂鬱 草原の無関心』(理論社)

(梨木香歩・文/出久根育・絵)『ペンキや』(理論社)
二世代にわたってペンキ屋という一生の仕事をやりとげた父親と息子、そして、その仕事を見守った母親とその妻を巡るファンタジー 人間の愛と天職をテーマとした味わい深い絵本です
『ペンキや』は、こちら・bk1へ。

 しんやは、母親からペンキ屋であった父を「発見」した時の話を聞くのが好きでした。そして、幼い頃からペンキが大好きでした。
 成長したしんやは父親と同じペンキ屋を目指して修業中。仕事となると見た目よりもずっとむずかしいものです。才能がないのではないかと悩むしんやは、母親から聞かされた父の墓を訪ねてフランスへと旅立ちます。お墓には「ふせいしゅつのペンキや ここにねむる」と書いてあることを聞かされていました。

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2008/02/08

デイビッド・スモール作/藤本朝巳訳『まぁ、なんてこと!』(平凡社)

 もし、朝、あなたが目を覚まして、頭の上に鹿のツノがはえていたら、どうしますか?そんなこと、考えられませんよね。そんなことを想像して一冊の絵本に仕上げたのは、コルデコット賞受賞作家で画家のデイビッド・スモール。

 デイビッド・スモールは、アメリカ、ミシガン州デトロイト育ち。妻のサラ・スチュワートと共に製作した『リディアのガーデニング』(福本友美子訳/アスラン書房)が1998年のコールデコット賞オナーに選ばれ、その後、Judith St. George文の“So You Want to Be President?”(未訳)にて、2001年のコルデコット賞を受賞しています。
 
 日本語訳では、妻と共に製作した前述の絵本の他、『ベルのともだち』(福本友美子訳/アスラン書房)や『エリザベスは本の虫』(福本友美子訳/アスラン書房)を通して、あたたかく明るいタッチの絵として親しまれていますが、本人の文による絵本は、福音館書店の「おおきなポケット129号」(2002年12月号)に「ユーラちゃんとあたまぴょんぴょん」が訳されているのみです。本書は、デイビッド・スモール作“Imogen's Antlers"の待望の日本語訳。

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2008/02/06

追記:私が(新藤悦子・著/こみねゆら・絵)『空とぶじゅうたん』(日本ヴォーグ社)の復刊を願った理由

中近東のじゅうたんを巡る愛と幻想の物語

 『空とぶじゅうたん』は、トルコやイランに残る言い伝えをもとに、新藤悦子さんのたぐい希な創造力で織り上げられた愛と幻想の物語です。

「糸は翼になって」(ヤージュベディル絨毯ートルコ)
「消えたシャフメーラン」(クルド絨毯)
「沙漠をおよぐ魚」(ムード絨毯ーイラン)
「ざくろの恋」(トルクメン絨毯ーイラン)
「イスリムのながい旅」(イスファハン絨毯ーイラン)

 絨毯にまつわる5つの物語に、こみねゆら氏のすばらしいイラストが添えられています
津田塾大学で中近東ゼミを終えた著者新藤悦子氏は、トルコに渡って現地に留まり絨毯を織り続けました。その日々を初の書き下ろしとして「エツコとハリメ」に綴りました。その後も中近東各地の旅を続け、「チャドルの下から見たホメニイの国」、「羊飼いの口笛が聴こえる」「トルコ風の旅」「イスタンブールの目」など自ら撮った写真を添え水際だったルポやエッセイを書いています。
 

 「空とぶじゅうたん」は、実際にトルコに留まり絨毯を織り上げ、中近東各地を旅した作者だからこそ綴ることのできる渾身の物語です。言葉の一つ一つに作者の息遣いと中近東への愛が感じられる貴重な一冊だと思います。
中近東は今や、紛争の絶えない地域です。過酷な環境の中で絨毯を織り続けている女性たちに思いを馳せました。子供たちにも、大人の私たちにも、文化や芸術は人の痛みを通して、脈々と受け継がれていくものだということをさりげなく教えてくれるすばらしい物語絵本です。
 物語もさることながら丹精をこめて描かれたイラストも十分に大人の鑑賞に値する作品です。児童書に分類するよりも大人向けの物語絵本と言った方がふさわしいかもしれません。手元に置いて繰り返し手にとってながめたくなる絵本です。

 『空とぶじゅうたん』(日本ヴォーグ社)は、2006年10月に復刊ドットコムより復刊されました。

追記:私が『空とぶじゅうたん』の復刊を願った理由

 私が、この絵本に魅せられ、ぜひ、復刊をと願ったのは、絵本の美しさもさることながら、絨毯を紡ぐ中近東の女性たちの精神や魂を感じたからです。
 この絵本の話題からはそれるようですが、梨木香歩さんの『からくりからくさ』という小説に、次のようなくだりがあります。
 「日本の織物である紬も中近東のキリムも、女達のマグマのような思いをとんとんからりとなだめなだめ、静かな日常に紡いでゆく営み」
 登場人物の中の紀久さんというキリムを織っている女性の手紙の一節です。
 
 抑圧された環境の中で、マグマのように渦巻く思いを沈めるように、絨毯を織り続ける女性の精神が、『空とぶじゅうたん』の中に満ちています。絨毯を織る女性以外にも、物語の中には、砂漠を旅する女性も出て来ますが、やはり抑圧された環境の中で、ひたむきに前向きに生きようとする女性の何とも言えない極限の美が語られています。「ざくろの恋」というお話。

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(新藤悦子・著/西山晶・絵)『ギョレメ村でじゅうたんを織る』(福音館書店)

 著者の新藤悦子さんは、津田塾大学で中近東ゼミを終えて、トルコに単身で渡ります。初めて見たじゅうたんを織るトルコの女性たちの姿が心に焼き付いて、再び、トルコへと旅立ちます。
 トルコ語を学び、一人旅に備えて女性だとすぐにわからないように頭を坊主にします。トルコの生活にしっかり溶け込むために日本の物は辞書以外一切持っていかないことにしました。著者のトルコへの並々ならぬ思いが感じられます。
 現地で、ハリメさんという女性に草木染のじゅうたんを学びながら、トルコの生活に次第に溶け込んでゆきます。その過程は、以前大人向けのルポとして「エツコとハリメ」に詳しく綴られていますが、惜しくも今は絶版となってしまいました。
 たくさんのふしぎ傑作集として子供向けにトルコの生活やトルコの絨毯を紹介するためにわかりやすい言葉と著者が自ら撮った写真が大きく載せられているので、トルコの様子が視覚的にも鮮やかに描かれています。
 世界自然遺産でもあるカッパドキア地方のギョレメ村、火山灰を風雨がけずってできた自然の彫刻が著者のすばらしい写真と文章で紹介され、絨毯を織るまでの糸の用意から糸車をまわす様子、草木染に挑戦するまでの過程、絨毯が完成するまでの日々が子どもたちにもわかりやすい言葉で語られています。
 村人の食事、イスラム教徒の結婚式の様子、割礼の意味とその様子、畑仕事、イスラム暦による犠牲祭、秋のブドウ畑と冬支度、村の学校、夕日の丘とひみつの洞穴からみるカッパドキアの奇岩の美しさが紹介されています。冬のカッパドキア地方の雪景色は絶景です。
 最期のページに、スミレの花を掲げたハリメさんと桜に似たアーモンドの花を掲げたハリメさんの末娘のスナさんの写真が載せてあり、春を告げる花、スミレとアーモンドに著者のトルコへの愛着とまた会いましょうという気持ちが込められているようで、感動的なフィナーレでした。
 トルコを知りたい方、トルコ絨毯について知りたい方、遠いアジアへのあこがれを抱いている方にぜひお勧めの一冊です。

 以上、「ほのぼの文庫」管理人の<まざあぐうす>が、bk1に投稿して掲載された書評です。

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2008/01/19

『悲しい本』(あかね書房)

どうにもならない悲しみに出会ったあなたに深い慰めを与えてくれる希少な絵本

『悲しい本』(あかね書房)は、こちら・bk1へ。(以下、「ほのぼの文庫」管理人の<まざあぐうす>が、bk1に投稿して掲載された書評です。)

 中年の男の滑稽な笑顔から始まる『悲しい本』。谷川俊太郎さんの翻訳だと知って手に取った。どうにもならない悲しみに出会った時、笑うしかないことを知ったのは人生の半ばを過ぎた頃だった。男の笑いに吸い込まれるように絵本を開くと、そこには、息子を失った父親の悲しみが綴られている。どうにもならない深い悲しみだろう。私が、まだ経験したことがない悲しみだ。

 「どこもかしこも悲しい。からだじゅうが、悲しい」という男。
 男の悲しむ顔が大きく描かれている。「どうすることもできない」悲しみに出会った時の男の顔。息子の思い出、自分の亡き母親との思い出が続いて描かれている。

 深い悲しみは誰にも語ることができないから、描くしかないのだろう。喜びは共有できるが、悲しみは「ほかの誰のものでもない」。だから本人が語るしかないのだろう。マイケル・ローゼンの言葉とクェンティン・ブレイクの絵の絶妙なコラボレーションで、男の悲しみが表現されている。

 男は、悲しみをやり過ごす方法をあれこれと試してみる。悲しみは息子を失った悲しみだけではない。理由がわからない悲しみも訪れる。そして、男は悲しみを書くことにした。

「私は書く:
悲しみはそこ
深くて暗い
ベッドの下の
からっぽのそこ」
に始まる男の詩の翻訳が見事だ
 体中の力を振り絞って、世界中の人の「どうにもならない悲しみ」を代弁したような言葉だ。

 悲しみは、不思議だと思う。喜びは寄せては返す波のように、訪れてはすぐに去ってゆく。しかし、悲しみは、心にも体にもいつの間にか棲み付いている。一つの悲しみに慣れると、また別の悲しみが心と体のどこかしらに宿る。

 男が最後に手にした蝋燭の炎。
 悲しみは、自分でしっかり見つめるしかないのだろう。悲しみは自分だけのものだから、そして、悲しみを通して自分の人生が見えてくるかもしれないから。
 どうにもならない悲しみに出会ったあなたに深い慰めを与えてくれる希少な絵本としてお勧めの一冊。

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2008/01/18

全盲の画家・作家ーエム・ナマエさんの絵本や童話

 私が、エム・ナマエさんと出会ったのは、2004年7月10日に明大前のキッド・アイラック・アート・ホールで開催された朗読会「銀河鉄道の夜」(朗読・NHKアナウンサー 青木裕子氏)の会場でした。

 エム・ナマエさんは『朗読画集・銀河鉄道の夜』(NHK出版)のイラストを描かれています。朗読会の会場では、エム・ナマエさんの描かれたイラストがスクリーンに映し出されていました。不思議な美しさ、ほっとする感触・・・以来、エム・ナマエさんの本を読み続けています。

 エムナマエさんのプロフィール(『世界でいちばん長い夜』(自由国民社刊)より)

1948年 東京生まれ1970年 慶応義塾法学部在学中、イラストレーターとしてデビュー1986年 失明と同時に人口透析導入< 1989年 処女長編童話で児童文芸新人賞1990年 全盲の画家として復活1992年 サンリオ美術賞1998年 ニューヨークでの個展が認められる2000年 全米最大の子供服メーカーから ジョン・レノン・コレクションが発表される

 全盲となられてから画家として、作家として再生なさるまでの過程が『失明地平線』に綴られています。

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2008/01/02

(安房直子・著/こみねゆら・絵)『初雪のふる日』(偕成社)

 皆さんは幼い頃、迷子になったことがありますか?
 私は4歳の頃、遠くの町の警察署で保護されたことがあります。でも、どうやって、そんな遠くの町まで行くことができたのか、その記憶がないのです。

 もしかしたら、こんな風に出かけていったのかしら?

 秋のおわりの寒い日に、小さな女の子が、村の一本道にろうせきでかかれた石けりの輪を見つけました。どこまでも続いています。思わず飛び込んでみたくなるような石けりの輪だったのです。女の子が「なあんて長い石けり!」と叫んで、ろうせきの輪に飛び込んでいきました。片足、片足、両足、両足…と女の子が石けりの輪をはずみながら、不思議な物語が始まります。

 夢中になってはずんでいる内に、ふと気がつくと、女の子は前とうしろをたくさんの白うさぎたちにはさまれていました。帰ろうかなと思っても、もう、飛んでいる足をとめることができません。
 うさぎたちにはさまれて、ゴムまりみたいにはずみながら、女の子は、おばあさんから聞かされた初雪のふる日のお話を思い出しました。うさぎの群れが一列になって、山から山へ村から村へと雪を降らせてゆく。そして、そのうさぎの群れにまきこまれたら、うさぎと一緒に世界の果てまで飛んでいって、小さな雪のかたまりになってしまうのだと。

 うさぎの群れから抜けられなくなった女の子は、これまで一度も来たことがないようなところまでやってきました。初雪の降る異世界へと紛れ込んでしまったのです。女の子は本当に世界の果てまで飛んでゆくのでしょうか。

 初雪の降る静かな世界に、白うさぎたちのかわいらしさと怖ろしさ、そして、女の子の心細さが満ちています。そして、最後のページに描かれた一台のバスにほっとします。

 こんな風に迷子になってみたい。
 そんな思いを抱かせてくれる不思議な、そして、すてきな絵本、安房直子さんの巧みな語りとこみねゆらさんの繊細で美しい挿絵のコラボレーション、この冬一番のお薦めの絵本です。
 

以上、「ほのぼの文庫」管理人の<まざあぐうす>が、bk1に投稿して掲載された書評です。

 

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2008/01/01

十二支の由来を語る絵本6冊のご紹介

 干支は、1300年ほど前に中国から伝えられた暦の表し方ですが、現在の日本では、十二支だけが人々の生活の暦として残り、十干を知っている人は少なくなりました。その十二支の由来も全国的にいろいろなお話として伝えられているようです。
 十二支の由来を語る絵本6冊を読んでみました。一冊一冊の絵本にそれぞれの特徴があって、それぞれの面白さがありました。楽しみながら干支を覚えることができそうな絵本、お勧めの6冊です。

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2007/12/31

(津田直美・著)『セーターになりたかった毛糸玉』(ブロンズ新社)

 夜、お客さんが帰った後の手芸店の片隅に置かれた毛糸玉
 この絵本は、そんな毛糸玉の心の声に耳を傾けることから始まります。

 マフラーになりたい青年毛糸、しましまの帽子になろうと約束を交わした恋人毛糸、このまま毛糸で一生を送ってやるわいといじけている老いぼれ毛糸、何とかしてセーターになれるように誰かが買ってくれるのを待っている10個の赤い毛糸玉たち。

 毛糸玉たちの一番のあこがれはセーターになること。

 ある日、願いがかなってセーターを編むために毛糸を買いに来たおばあさんに10個の赤い毛糸玉たちは買われてゆきました。
 5個の毛糸玉はセーターの胴体に、3個の毛糸玉はセーターのそでに、残りの毛糸玉は、セーターのみごとな胴体とそでをとりかこむ美しいゴム編みに・・・ところが、1個だけを残してセーターはできあがってしまいました。

 たったひとつ残った毛糸玉は、余り毛糸の箱の中に入れられ、わが身の不運を嘆きました。「考えるだけ無駄なことだ」と他の毛糸玉は言いますが、赤い毛糸玉は、どうしてもセーターになる夢を捨てることができませんでした。
 長いこと忘れられている毛糸玉たちのつぶやきが聞こえますか?

 次の日、おばあさんから箱から取り出したのは赤い毛糸玉。
 誰より先に箱から出してもらえたことを喜んだ赤い毛糸玉でしたが、おばあさんが編み上げたのは、セーターではなく、小さな手袋だったのです。誰がなぐさめてくれても涙が止まりませんでした。
 
 ところが、決して夢をあきらめなかった毛糸玉が数奇な運命の果て、とうとうセーターになることができるのです。

 さまざまな試練に出遭いながらも、決して夢をあきらめなかった赤い毛糸。夢は、自分の思った通りに叶ってゆくものではなく、夢を持ち続ける意志によって叶ってゆくものなのでしょうか。最後のページの赤い毛糸の笑顔は、夢が叶ったしあわせに満ちています。

 健気な赤い毛糸から、あきらめずに夢を持ち続けることの大切さを教えられました。小さな手袋が一体どうやってセーターになったのでしょう。知りたい方は、ぜひ、この絵本を開いてみてください。

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2007/11/09

シビル・ウエッタシンハの作品『かさどろぼう』がブーブル販売に!

 個人的にあわただしい生活で、ほとんどブログの更新ができていませんでしたが、毎日たくさんの方に訪れていただき、ありがたく思っています。訪れてくださった方のほとんどが、梨木香歩作品の植物アルバムをご覧になっているようで、作った甲斐があったなぁと思っています。どうぞこれからもよろしくお願い致します。

 さて、今日は、うれしいお知らせが復刊ドットコムから届きました。お知り合いのマーガレットさんが復刊リクエストを出されていたシビル・ウエッタシンハの絵本『かさどろぼう』がブーブル販売されることになりました。票数が100票に満たなくても良質な作品がこうして再販されることを知って、児童文学作品の愛好者としてとても頼もしく思いました。日本の出版業界も捨てたものではありませんね。

                   *******

復刊ドットコムです。いつもご利用ありがとうございます。

書籍販売サイト「ブープル」との提携により、以下の書籍が購入できるように
なりました。

●かさどろぼう
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=31508

なお在庫状況に関しては「ブープル」商品ページにて確認ができます。
(在庫切れの場合はご容赦ください)

ブープルとは?「ブープル(boople)」は日販アイ・ピー・エス株式会社が運営するオンライ
ン書籍販売サイトです。お客様がブープルで注文された書籍については、日販
アイ・ピー・エス株式会社が直接配送や決済を行います。
http://www.boople.com/

復刊ドットコム   < http://www.fukkan.com/ >
お問い合わせ先   < info@fukkan.com >
   

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2007/04/19

(ミシェル・ヌードセン作/ケビン・ホークス絵)『としょかんライオン』(岩崎書店)

 「図書館って、どんな場所?」と子どもたちに尋ねたら何と答えるでしょうか。
本がいっぱいあるところ、本を読んだり、借りたりするところ、そして、何よりも静かにしないといけないところという答えが返ってくるのではないでしょうか。幼い子どもたちの視点に立つと、図書館は書棚が林立する中で、静かにしなくてはならない窮屈な場所のように思えるかもしれません。

 そんな図書館のイメージを一掃する絵本が、「としょかんライオン」です。もし、図書館にライオンがやって来たら・・・と想像の翼をはためかせてみましょう。
 怖いかしら、それとも、楽しいかしら。この絵本の図書館長のメリーウェザーさんは、心の広い温かい人です。突然訪れたライオンをごく自然に受け入れてくれました。行儀が良く、心優しいライオンでした。やがて彼女のもとでいろいろなお手伝いをするようになり、図書館に来ている大人や子どもたちと仲良しになりました。そして、ある日、大変なことが・・・。

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2007/04/17

(いもとようこ)『にゃんのてがみわんのてがみ』(岩崎書店)

はじめてのおつかい、はじめてのがっこう・・・子どもたちにとっての「はじめて」はどんなこともワクワクドキドキするものです。

 この絵本の主人公のじろうちゃんは、お母さんに字を習っているところです。そこへやってきたネコのにゃん、そして、犬小屋からとび出してきたイヌのわん・・・、じろうちゃんの「はじめての字の練習」はどうもうまくいきそうにありません。

 じろうちゃんは、とうとうお昼寝をしてしまいました。そこで、お母さんから2通の手紙が届けられます。手紙の字を通して、にゃんとわんの気持ちを知ったじろうちゃんの心はワクワクドキドキしたのでしょう。じろうちゃんは、いっぱいいっぱい字の練習をします。そして、「はじめての手紙」をにゃんとわんに書きました。

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2007/02/23

(マリー・ホール・エッツ)『きこえるきこえる』、復刊決定!

 エッツの絵本『きこえるきこえる』の復刊決定のお知らせが届きました。言葉やコミュニケーションについて静かに深く考えさせてくれる絵本です。Click!復刊のお知らせをうれしく思います。

■『きこえるきこえる』(最終得票数 40 票)
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=3232

【著者】マリー・ホール・エッツ著 ふなざきやすこ訳
【発行】ブッキング
【予価】1,260円(税込み) ※予価の為、価格が変更する場合がございます。
【発送時期】4月下旬

《『もりのなか』のマリー・ホール・エッツの幻の絵本が復刊!!》

 ゾウがはなをのばします。ねえさんがいえのうしろにかくれ、そっとのぞいています。かあさんにうでをまわして、だきつきます。「ことばをつかわなくても、みぶりてぶりだけで、これだけいろいろなことをつたえられるんだよ」と、エッツのあたたかいメッセージが伝わってくる一冊。

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2006/09/21

<普及版>『クシュラの奇跡 140冊の絵本との日々』(のら書店)

 『クシュラの奇跡-140冊の絵本との日々』は、染色体の異常により複雑で重い障害を抱えたニュージーランドの女の子クシュラが生まれてから3歳9ヶ月になるまでの成長の記録とその間にクシュラが出会った140冊の絵本の物語です。腎臓や心臓、視力、身体的な発育の遅れと、生後間もなく次々と異常が発見され、絶望的な日々を送っていたクシュラとクシュラの両親に一条の光を与えたのが絵本の読み聞かせでした。昼夜分かたず眠れないクシュラを膝に抱きながら、母親が始めた絵本の読み聞かせに、クシュラは強い関心を示し、その後、医学的な診断を超えた成長を遂げることになります。

 この本の著者のドロシー・バトラーは、孫娘クシュラを通して多くのことを学び、その学んだことの意味を裏付ける勉強をするために、オークランド大学の教育心理学科に再入学し、「クシュラ、ある障害児のケース・スタディー生後三年間の日々を豊かにしたもの」と題する研究論文を書きました。書店を経営して一家の生活を支え、クシュラと本の交流を絶やさないように努めていた日々のことです。その論文が書籍化されました。

クシュラの奇跡
ドロシー・バトラー著 / 百々佑利子訳
のら書店 (1985)
通常2-3日以内に発送します。

 日本で翻訳出版されたのは1984年。当時、名作絵本の手引書として、また、子どもの成長における読み聞かせの意義を伝える本として高い評価を得ました。私が同著と出会ったのは、生後10ヶ月の長女が点頭てんかんと診断された1986年のことでした。悲嘆にくれる日々に、同著と出会い、深い感銘を受けました。そして、何よりも、巻末のクシュラの言葉がじんと胸に沁みました。
 3歳8ヶ月になったクシュラが人形を抱きしめながら「さあこれで、ルービー・ルーにほんをよんであげれるわ。だって、このこ、つかれていて、かなしいんだから、だっこして、ミルクをのませて、ほんをよんでやらなくてはね。」と言います。クシュラの言葉に、「そうだ。私も疲れていて、悲しいんだから、絵本を読もう。」と思いました。

 

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2006/08/23

死について考える~絵本『水平線の向こうから』(堂園晴彦著・葉祥明/絵)

 人生の折り返し地点を過ぎて、数年間体調を崩して以来、「死」について考えるようになりました。どんなに長く生きても、これまで生きた年数を生きることはないと思うからか、人生の精算ということを考えてしまいます。人は生きたようにしか死ねないという堂園晴彦氏の言葉に触れて、二冊の本を読みました。

 絵本『水平線の向こうから』を開くと、南の小さな島と海、そして、青空が一面に広がります。
 幼くして母親と死別した藍が、15年の歳月を経て、母親の生まれ故郷である南の島を恋人とともに訪れます。真っ青な海と透き通る青い空・・・母親との思い出の地を訪れ、大人になった藍の心に鮮明に甦る記憶、癌を患い長い闘病生活を経て、死期が迫った母親が、8歳の藍に語った死とは・・・。

 死は、その人の存在を消すのではなく、船が水平線の向こうに消えるように、見えなくなるだけ。

 8歳の少女・藍の心に届く言葉で、癌という病が、そして、やがて母親に訪れる死が語られています。15年前の藍の深い悲しみと現在の藍の幸せが交錯して、感動的な結末が訪れます。
 南の島の海、空、夕陽、そして、回想シーンを描く葉祥明氏のイラストが美しく、死というものが明るく浮き彫りにされています。絵本の原作者は、医師であり、鹿児島にてホスピス機能を備えた診療所「堂園メディカルハウス」を開業している堂園晴彦氏。絵本の中に、氏の「先立つ親が心残りのないように、そして子どもが愛する人の死から一日も早く立ち直り、前向きな人生を送れるように」との願いや「未来につながる死を教える物語書きたい」という思いが満ちています。
 人間である限り、生老病死には必ず向き合わなくてはなりません。自分の死、そして、愛する人やかけがえのない人の死にどのように向き合ったらよいのでしょう。それは、人生最大のテーマではないでしょうか。
 『水平線の向こうから』は、「死」というテーマに真正面から取り組み、子どもの心に届く言葉で、その意味を綴った絵本です。読み終えて本を閉じた時、得体の知れない感謝の気持ちに満たされて、無意識に祈りの手を組んでいました。「死を前向きに捉えながら生きていく」ことを学ぶことができる絵本ではないでしょうか。堂園晴彦氏の『それぞれの風景』(日本教文社)と併せて、お勧めします。

 以上、「ほのぼの文庫」管理人の<まざあぐうす>が、bk1に投稿して掲載された書評です。

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